奥能登に行きます

一軒しかなかった・・・
来月上旬に奥能登・珠洲市を初めて訪ねます。理由はダブル。能登半島の突端のこの街に、私のゆかりの女性が暮らしていた(きっと他界されてるはず)。15年前に、叔母たちと一緒に行こうかと、話し合ったが実現せず、その叔母たちも皆、他界してしまった、来月、私一人で珠洲を訪ねる。ゆかりの女性とはだれか?叔母たちと従妹の「みさちゃん」だ。
イメージ 1
みさちゃんは、我が祖母の姪。祖母の兄の一人娘だ。常陸太田の町はずれ、山田川添いの橋のたもとで、父と二人で旅館兼食堂をやっていた。戦後まもなくのことである。
戦時中にこの旅館に、珠洲出身の職業軍人Sさんが滞在していた。彼はみさちゃんのことが好きになった。戦争が終わって、彼はみさちゃんに、こう言った「私と結婚してください」みさちゃんは断った「父を置いてそんな遠くにお嫁に行けません」男性は言った「お父さんも一緒にもらいます」
みさちゃんと、その父は、旅館を畳んで、異国のように遠い、奥能登に嫁に行った。
我が私家版「人生これからだ!」にも書いた私を卵嫌いにさせた女性(ひと)、それがみさちゃんだ。
幼児期に、私は祖母に連れられて、幾度か、この旅館に泊まった。旅館だから、貴重な卵はふんだんにある。夏の暑い朝、奥久慈の山奥まで、帰るとき、体力づけに卵を三つも飲まされて、バスの中で吐いてしまった。みさちゃんの優しさが、仇となって、それ以来、私は生卵が嫌いになった。
もうきっと他界されてるだろう。珠洲市の、S家を訪ねて、みさちゃんと、その父の墓前に、花と線香を捧げたい。
さきほど、104に問い合わせたら、Sさんは一軒だった。すぐに見つかるだろう。
そして、二つ目の奥能登目的は、深澤君が出展する、奥能登芸術祭の初日を祝ってあげたいからです。