芝居まずは成功、そして塩を求めて・・・

 旅の荷物の中に初芝居の台本を入れておいた。
 少しでも台詞覚えしなくちゃならぬと、思ったからである。ホテルに着いたら、トランクの荷物はほぼすべて出す、当然、台本も机の上に置く、兄が見たようだ、二役の話をしたら「そりゃ大変だ、覚えられるのかな」と首をかしげる。若い方と違って、古希目前の脳細胞は、台詞覚えに大きな障害となった。
 主役のおつるさんを演じたNさんからは「三味線習いより先に台詞覚えてね」と言われたし、沖縄俳優の娘役のGさんからは「台本を早く手元から離さないとダメよ」、恋人役のKさんからは私のぎごちない動きをしばしば、注意された。
 大学入試も浪人して秋風が吹き始めた頃から、半年間の猛勉強で全大学に合格した、早稲田の一文も受かり、父は早稲田に行けと言ったが、すでに入学金を収めた学習院に行くことにした、喧騒を感じない目白の森を散策したかったしね、学生生活4年間で、勉強したのは2年から3年への進級と、卒業のための4年生の時、あとは昼夜逆転の暮らし、夜中に読書三昧、昼は寝ていて、夕方起きて、アパートの傍、雑司ヶ谷の饂飩屋でカツ丼を食う時から一日が始まる、新聞記者の時も、やる時は人の三倍、馬に食わせるほどの原稿を書いたが、やらないとなったら、全く書かずに、パチンコ屋で現を抜かしていた、そんな人間だから、台詞が覚えられなくても、最後の最後、追い上げ一本で、本番までには必ず、何とかしてみせる、と腹を括っていた。で、結局は、5月も中旬になったら、ほとんど台詞は頭に入った。本番4回の公演では、台詞が飛んでしまった箇所も何か所かはあるにはある、しかし、大きなミスはなく、無事に終わった。日本の文化に関心が深いジョニー軍曹の役は会場の人気者だったかな。
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 沖縄老俳優、志喜屋長顕(シキヤチョウケン)が見せる組踊り女物狂の一場面、人盗人(ヒトヌスビト)の演技、劇団主宰・演出の木村女史からは「ここは長顕の見せ場だから、舞台中央で堂々と一人舞台を見せて!」と言われていた、実際に国立劇場おきなわで、女物狂を拝見したことも役立ちました。踊り下手の私にとって、足をあげる場面は若干、オリジナル性も加えて、毎朝、昔からやっています相撲の四股ふみが役立った。

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 イメージ 3柏から見に来てくれた兄も、終わった後に電話くれて「4回で終わってしまうのが勿体ないくらいの名演でした、皆さん」と感激してくれました。

今回の沖縄の旅・宮古島行きのキッカケは、茨城新聞旅の欄に書かれていた「宮古ブルーの海で採れる雪塩」に興味を持ったことだった。ですから、当然、父の痕跡探訪、デイゴ探しの後は、雪塩を目指した。雪塩製塩所は島北部にあった。池間島が見えて、風車がまわる、まさに海の別天地、どこまでも碧い宮古ブルーの海が、私たちを優しく、そして、暖かく迎えてくれた。ミネラル一杯の、まろやかな真っ白い雪塩もお土産に、一杯買ってきた。(つづく)
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