「つんま」とはどこか?

宮古島の旅の荷物には当然、父の自伝「夏山のしづく」は必需品だった。父は70歳の時にすい臓がんが見つかり、8時間の大手術を乗り切った。徳之島沖の撃沈を乗り切った生命力は、この大病もまた乗り越えた。80まで生きたが、手術後に私は、父の箪笥から400字詰めにずっしりと書き綴っていた自叙伝風の原稿を発見、1年近くかかったが自費出版させた。毎日に張りを持たせたこの本づくりも、きっと父を長生きさせた原因の一つかも知れない。
旅の最中、事あるごとに、本を出しては一字一句を辿るように熟読した。その中の一文に「川満にいた時、3月1日付で上等兵を命ぜられた。嬉しかった。1か月くらい過ぎてからつんまという部落に部隊が移された」とある・・・。
 
せっかく宮古島まで来たのだ、昭和20年4月ごろ、父が暮らしていた「つんま」という部落、そこを探しだし、どんなところなのか、見てみたくなった。「つんま」どんな字を書くのだろう、興味関心が高まった。兄に相談したら、解るかなあ、でも探してみるか、となって、私は、ホテルのフロント案内人、若くてキビキビした女の子でしたが、ツンマという地名が宮古島にあるようですが、どこだか探してくれません?と要望した。朝食を摂っている間に回答がでた。場所が特定できたのだ!嬉しかった!
 
そして、その場所は、なんと、私が前の日から疑問に思っていたことと、深く結びつく場所だった・・・。疑問とは何か?沖縄本島はまさに基地の島だが、この宮古島は基地や軍事施設が今は、ない島と思っていた。しかし、島についてレンタカーで走っていると、道路わきにこんな看板が目につく。
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はて?宮古島にも基地が検討されてるのかな、そうした疑問が沸いて、この日は朝から宮古島と基地を調べ始めていた。解ったことは、宮古島には航空自衛隊の小さな施設はすでに存在してるが、尖閣対応なのか、陸上自衛隊が大きな施設を建設する動きが計画されているようだ。
 

ホテルの方が調べてくれた「つんま」はまさに、72年前に、父が居たその場所、そして、そのあたりに、大きな軍備施設が出来ようとする、因縁の名前だった・・・(つづく)