宮古島に到着!

6月の上旬の3日間、常陸太田市生涯学習センター・ホールで上演(4回公演)される橋の会第二十回演目は「ちぎられた縄」。父も戦って、生き延びた沖縄戦、終戦から10年後の沖縄・伊江島が舞台のドラマだ。アメリカによって、農地が略奪され、基地になっていくまさに出発点の時代の話だ。偶然というか、必然なのだろうか、この芝居で、私に与えられた役は二つ。米軍の軍曹と、沖縄の老俳優の二役。使い分けに、いささか戸惑ったが、稽古も何とか峠が見えてきた。

父探しの旅も、佳境の宮古島に着いた。ガジュマルだろうか、街路はまさに南国ムード、葉タバコの植えつけと、サトウキビ畑が目につく。
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島はどこまでも平らで、海の色は、文字通り宮古ブルーの幻想的な透明度だった。まずはレンタカーで宿泊先のホテルに向かう。島のホテルだから、あまり期待してはいなかったが、意に反して、とてもでっかく、豪華で、立派なホテルだった。高層の部屋から見える海が最高に美しかった。
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 父は正直で、曲がったことが大嫌いな人だった。いわゆる明治の気質というものだろうか。謹厳実直という表現がぴったりの田舎の小学校長だった。その父も奥久慈の袋田小学校校長だった頃、唯一の趣味があったようだ。詩吟、吟詠というやつだ。そういえば、亡くなった我が妻との結婚披露宴で、父はオリジナルな詩吟を唄ってくれたっけ。敢えて仲人を立てなかった私の披露宴、最初は頑として反対していた破天荒な披露宴、しかし、最後は折れてくれて、披露宴前に実行した陸奥へのハネムーンドライブを詩吟で唄ってくれた・・・今思えば、なかなか味のある父だったなあ。生きてるうちは何も親孝行などできなかった私、今、こうして、あの世の父を思うことが、親孝行と思うことにしよう、その父が、奄美大島から、沖縄本島を経て、昭和19年7月16日(父の記憶・自伝による)、宮古島の平良港に上陸した・・・。その港は宿泊するホテルの近くだった・・・。そして、私と兄は、まもなく宮古島で、父が暮らした痕跡を見つけ出す・・・(つづく)