辺野古見学

普天間の辺野古移転は最高裁での国の勝訴でほぼ決着がついたのか。伊江島には行けないが、現下の沖縄で意見を二分する辺野古、この目で見てみたいと思った。高速道路を走ること1時間以上、一般道を曲がりながら着いた。沿道には桜が咲いていた。

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地区の入り口に平和の塔があった。

日華事変からアジア太平洋戦争までの戦争犠牲者を弔うために辺野古の人たちが建てた慰霊の塔だ。

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この塔の裏側に広がる海が移転予定地のようです。地元の方が居た、見るからに南国のおおらかな気性の青年だった。

 

昨年12月こんな判決が出てしまった。「米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり、埋め立ての承認を取り消した沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事を国が訴えた訴訟の上告審判決で、最高裁第二小法廷(鬼丸かおる裁判長)は20日、県側の上告を退けた。県側の敗訴が確定した。裁判長、小貫芳信判事、山本庸幸判事、菅野博之判事の4人の裁判官全員一致の意見。これを受けて政府は、中断している埋め立て工事を近く再開する方針だ。」

 
青年たちは私の推測では基地移設に徹底して反対してきた闘士のようだった。もうなすすべはなし、という諦めに似た表情に見えて、こちらが辛くなった。向こうの道路を回っていくと海岸に出られますから・・・と教えて戴いたので、行ってみた。美しい海があり、そして、予定地に反対の意思を示す言葉が林立していた・・・。
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辺野古までの行も帰りも高速運転中に大雨にあった。スコールというものらしい。実は沖縄に着いてまだ一機も米軍機に遭ってない。不思議だなあ、とても基地の街沖縄とは思えぬ静けさ、なぜなのだろうと思っていた、後で解った事だが、実はこのスコールに関係していた、この日の天気は大雨予測があったために米軍機が飛ばなかったらしい。沖縄らしい光景が見られないなあ、と私が言うものだから兄は、「よし、じゃあ普天間を案内する」
兄は高校教師として生徒たちの修学旅行に度々沖縄本島には来ていたそうだ。高校生たちには基地をよく見学させたそうだ。私も是非見たかったが、スコールの凄さと兄の案内の不適切さもあってか、夕刻からの女物狂鑑賞、浦添市の国立劇場おきなわ到着を優先して、普天間は寄らなかった。(つづく)