宮古島の旅その3 「冊封と琉球芸能」

旅というものはとっても良いものであります。新発見が一杯ありますからね。「冊封」さくほう、と読みます、この目新しい言葉を知ったのも、今度の旅でした。冊封とは、冊、つまり文書を介して、天子と近隣の民族の長が君臣関係を結んだ状態を言うそうです。琉球王朝時代(15世紀から19世紀)、沖縄は中国の冊封体制下にありました。中国の国王の代わりに、冊封使という使者が琉球の国王に詔勅と王冠を授けに来ました。冊封使一行は、初夏の南風に乗って帆船でやってきました。冬は北風に乗って中国へ帰っていきます。冊封使の琉球滞在は半年に及びました。そして、琉球王国450年の間に、22回の冊封使訪問があったそうです。
琉球国は冊封使をもてなすために、踊り奉行を任命して、三線、組踊りなど琉球芸能を考え出しました。国指定の重要無形文化財、組踊りは、18世紀に踊り奉行だった玉城朝薫(たまぐすく ちょうくん)という方が、能楽など日本の伝統芸能の影響を受けながら創作した、琉球独自の伝統芸能です。この踊りは、台詞、音楽と舞踊の3つで成り立っていますが、明治の廃藩置県や、昭和20年の太平洋戦争・沖縄戦などで、伝承の危機がありましたが、2004年(平成16年)に国立劇場おきなわが開設されるなど、沖縄の人々の、伝統を守り繋げようという、熱い情熱が奏功して、保存・振興・継承がなされているのです。