芝居の縁も・・・旅の動機に

小学生の時、確か3年か4年だと思うが、学芸会で狂言を演じた。附子(ぶす)という題名、毒といわれ触るなと主人に言われたのに、ご主人が外出中、冒険心旺盛な家来が舐めてみたら美味しい砂糖だったという狂言。太郎冠者か次郎冠者になって演じ、担任の先生に褒められた記憶がずっとあった。

常陸太田にはこの10数年来、注目の市民劇団が活躍している。橋の会という。この街出身の跳んでる女性・木村女史が女優を終えて故郷に戻り開いた劇団。もう80を越しているが水俣や原発など一貫して社会派のテーマで脚本演出、自らも舞台に立つ。私は昔から尊敬している。何年か前に幼児の学芸会記憶が甦り、私も舞台に立ちたいな、と思って、カミサンに相談したことがあったが夢は叶わず・・・。昨年カミサンを見送り、寂しさを埋めるには何か打ち込める趣味も大事かなと思っていた、おかげさまで津軽三味線は見つかり、木村先生にも手をあげて舞台稽古の応募を申し出た。正月明けから始まった今年の(6月上旬)芝居テーマは沖縄。昭和31年頃、アメリカ軍による基地化がスタートした頃の沖縄の悲劇。私も沖縄の俳優と、米軍軍曹の二役を戴いた。先生のとっても厳しい指導で悪戦苦闘していますが、沖縄俳優の役作りに参考になりそうな沖縄古典舞台が2月17日の晩に、沖縄本島の国立劇場おきなわで行われることを知って、旅を決めたのです(つづく)