さよならへいちゃん

苦い晩になった・・・。
口角泡を飛ばして激論した記憶があるA君が急死した。夕方情報入り、もしかして、数日遅れのエイプリル?とりあえず自宅へ。祭壇があった。事実だった。奥さんの話「娘のところへ行っていて留守だった、朝帰ったら布団で・・・、心筋梗塞だった」焼香しようとしたら可愛がっていた愛猫・・・主座の布団に横たわっていた、犬や猫がすきだった彼・・・この猫の悲しさが痛いほど解った、私はわきの畳で、南無阿弥陀仏を唱えた。

彼、酒と女が好きだった。男の特徴か。あ、そうそう、私と誕生日が同じ、8月3日、私の二年後のね、私が団塊1号、彼が3号だね、誕生日を知ってから彼は私をアンチャンアンチャンと呼んだ、でもそれは、ある時から止んだ、市会議員になったのだ、この街でなかなか歯向かうのは怖い、反自民、民主党からだった、一時小沢一郎のファンだったかな、若き時代の武勇伝が災いしたか、得票は多くはなかったが、立派に二期かな、当選した、本業の一つ、カレンダー製作で少し世話になってる、今年の集金の時かな、僕は彼に言った、「ある意味たいしたもんだよ、へいちゃん、かれの愛称だ、曲がりなりにも市会議員になったんだ、並大抵ではできないことだ」彼もまんざらでない表情をした・・・
数日前、市内の路上ですれ違った、かれの最後の姿になった。
合掌・・・