五浦での正月

茨城県最北部・北茨城市の五浦海岸。地名では「いずら」、この岸壁に立つ大きな観光ホテルは五浦(いつうら)である。呼び名はどうでもいいが、この美しい景勝地こそ日本美術の発祥の地である。明治の思想家・岡倉天心を中心に大観や春草など弟子と共に日本美術の基礎を造った場所である。昔、今は亡き母親と見た大洗の初日の思い出をもつ妻の笑顔が見たいと2日から4日まで五浦観光ホテルに連泊した。年末から体調を崩し気味のカミサンは3日の晩は熱を出してしまい、なんとなんと!一番の好物のカニ三昧に箸を付けずに・・・残酷物語も生じたが、悲願の美しい日の出が拝めてまずは満足したと思いたい。
美しい日の出映像は追ってアップしますが、今日はある往年の女優との邂逅に触れてみます。
3日の朝食会場。奥久慈・大子町から嫁いだ女将さんの配慮で私たちは一番いい場所で食事が出来た。振袖姿の女性が席を回って挨拶していた。昔、見た顔にどことなく似ていた。団塊の世代あたりからの年配者には知ってる方が多いはず、筑波久子という女優。このホテルの娘だということは知っていたが、まさにその本人だった。確か慶応の...法科を経て日活のドル箱スターになり脚光を浴びた。その後、アメリカに渡って結婚したとかは風の便りに聞いていたが詳しくは知らなかった。朝食が済んで別れ際に「今夜カラオケでもしましょう」と約束したが、カミサンの熱で反故になった。4日の朝、帰るときにはカミサンと体調の話や世間話に花を咲かせていたようだったが、明るく元気に振る舞うその人生の中に、とても辛い過去があるのを、帰ってから解った・・・。ウキペディアで・・・。
「1986年(昭和61年)、旧ソ連でチェルノブイリ原発事故が起こり、感受性の強い一人息子のキースが世を儚んで拳銃自殺してしまう。筑波は一時このショックから精神不安定となり、自殺を試みたこともあったという。」

ホテルで彼女は「今映画を作ってます。天草四郎関連です」。ウキペによれば「2013年(平成24年)春、息子の思いを支えに、東日本大震災からの復興、自殺防止、高齢者・若者の支援を目的とする団体「ファミリー・グループ」を日本で組織。政治活動も行っている」そうだ。

往年の女優だが今もなお現役で映画作りに情熱を燃やす彼女の新しいファンになりそうな気がする。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%91%E6%B3%A2%E4%B9%85%E5%AD%90