枇杷の思い出

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友というのは実に有難い。感謝感激だ。
昨日、小学6年からの親友が枇杷を持って来てくれた。栽培した売り物ではないから形は不格好だ。しかし、庭の片隅に植わってる枇杷の木からもぎってきてくれた。私の好物なのを覚えていてくれる、嬉しい。
私は小学校を3つ渡り歩いてる。最初に入学したのは奥久慈男体山の南側の山の天辺・北富田だ。小さな校長住宅の裏手の池のほとりに大きな枇杷の木があった。戦後間もなく、何もない時代だ、この時季の枇杷の実は、珠玉の価値だった。仄かな甘酸っぱさとエレガントな風味はものすごいご馳走だった。
今でもスーパーなどで売られている枇杷の実は、さっと買い物かごに入れる代物ではないのだ、私にとってそれは、なぜか、一種の禁断の実なのかもしれない。詳しく心理分析はしてない。
 
奥久慈・生瀬の内大野を経てから常陸太田の誉田小学校に転校したのは6年の時だった。S君とはそれ以来の親友だ。北富田の枇杷の話をしたことがあるのだ、S君に。彼はそれをいまだに覚えてくれている。
昨日、中学時代のゴルフコンペに来たついでに、枇杷も含めて、ジャガイモなど丹精の野菜たちをもって訪ねてくれた。
 
S君、昨夜に1個、今朝も1個、頬張った。幼き頃の懐かしき思い出が枇杷の風味とともにやってきた・・・。
 
有難うS君。