1年半宮古で暮らす父

昭和19年7月16日だったという、父が宮古島・平良港に上陸したのは。それから1年半、この島で暮らす。下地国民学校での飛行場設定作業や、暗号事務が最初の任務だったそうだ。このエリアには、サトウキビの製糖工場があり、湿地はマラリア蚊の発生地、父も当然、蚊に刺されてマラリアに感染、40度の熱が何日も続く。「頭が痛いときたら話のほかだ、戦友…

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宮古島に到着!

6月の上旬の3日間、常陸太田市生涯学習センター・ホールで上演(4回公演)される橋の会第二十回演目は「ちぎられた縄」。父も戦って、生き延びた沖縄戦、終戦から10年後の沖縄・伊江島が舞台のドラマだ。アメリカによって、農地が略奪され、基地になっていくまさに出発点の時代の話だ。偶然というか、必然なのだろうか、この芝居で、私に与えられた役は二つ。…

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那覇の夜・・・一流ママに遭う

宿泊と飛行機の手配はJTBに任せきり、どんなホテルなのか事前に調べもしなかったが那覇も宮古島も、とても満足する設備と応対だった。那覇の夜・・・。兄はお腹が一杯、酒は呑まないので部屋でゆっくりしてると寛いでいたが、私はやはりフロントでタクシーを頼んで街に出た。沖縄音楽を生で楽しめるところに行きたかったが、運転手君曰く「時間的に遅い、よって…

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